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京都地方裁判所 昭和52年(行ウ)7号 判決 1981年8月28日

向日市寺戸町殿長三一番地の一四

原告

福井常子こと 全福實

右訴訟代理人弁護士

波多野弘

京都市右京区三条通西大路通西入る西院上花田町一〇番地

被告

右京税務署長 澤田穰

右指定代理人

高須要子

本落孝志

古城毅

山崎睦子

平井武文

熊本義城

光森章雄

主文

被告が原告の昭和四八年分贈与税について、昭和五〇年一一月一二日付でなした再更正処分並びに同年一月二〇日付及び同年一一月一二日付でなした各無申告加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

1  被告は昭和五〇年一月二〇日原告に対し昭和四八年分(以下「本件係争年分」という。)贈与税につき別表一の(一)記載の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をなした。原告はこれを不服として同年五月九日付で異議を申立てたところ、同年一〇月二九日被告から右申立てを棄却する旨の決定がなされたため、同年一一月二九日国税不服審判所長に対し審査請求をなした。しかして、被告は同月一二日別表一の(三)記載のとおり増額再更正処分(以下「本件課税処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分をなしたので、原告は同年一二月二四日これに対しても異議を申立てたところ、右異議申立ては国税通則法(以下「通則法」という。)九〇条一項によりみなす審査請求(異議申立書等が国税不服審判所長に送付されたのは昭和五一年一月一〇日である。)としてとり扱われたが、同所長は昭和五二年二月一八日いずれの審査請求も棄却する旨の裁決をなし、右裁決書謄本は同年三月九日原告に送達された。

2  手続上の違法

通則法二四条ないし二六条は、税務署長が更正、決定及び再更正をなすについては税務調査によるべきことを規定し、課税庁が全然調査をしないで恣意的に課税することを禁じている。前記各法条にいう調査は、単に表面的に調査をした形式をとりさえすればよいというものでなく、その実体について十分意を尽くした調査をなすことを要求するものである。しかるに、被告は、本件課税処分及びその前提となる決定処分をなすに際して、昭和四九年一〇月二二日に福井岩男こと孫商九(以下「孫」という。)から事情を聴取したのみで、別表二記載の土地・建物(以下「本件物件」という。)のうち、同表<4>、<6>ないし<11>、<13>ないし<15>記載の各物件の登記簿上に仮処分及び抹消予告登記がなされ、権利関係の争いのあることが明白であったにもかかわらず、原告に対する直接調査をなしていない。したがって、本件課税処分は前記各法条に違反し違法である。

3  実体上の違法

被告は、原告が本件物件を孫から贈与により取得したとして本件課税処分をなしているが、本件物件は孫から贈与されたものでなく、以下に述べるように原告が売買、共有物の分割または孫との内緑関係の清算もしくは離婚に伴う慰籍料及び財産分与のいずれかにより取得したものであって、本件課税処分には課税要件事実の認定を誤った違法がある。

(一)  本件物件取得の経緯

(1) 原告は昭和三四年一〇月ころ孫と知り合い、殆んど無一文に近い状態で内縁生活に入った。その後、原告と孫は共同してパチンコ店を経営するようになり、その収益をもって本件物件を始めとする不動産を購入した(本件物件は登記簿上孫名義で取得した。)が、これらは実質上いずれも原告及び孫の各持分を二分の一とする共有物であった。

(2) ところで、孫は昭和四四年一〇月七日、原告の全く関与しない間に原告の法律知識の欠如を幸いにして一方的に大韓民国戸籍法による婚姻の申告をしたが、これは本人の意思に基づかないもので無効である。

(3) 孫は生来遊蕩癖があり、原告の必死の努力により営業順調となり収益が増すにつれ、飲酒、賭事、女遊びは日常茶飯事となり、原告に対し暴行を加えることも再三であったが、原告はひたすら子供の将来のため耐え忍んで必死で営業を支えてきた。しかし、昭和四五年三月ころ、孫が他の女性と同棲し、いわゆる妾として飲食店まで買い与えていることが明らかとなり、これを巡って再三にわたり話合った結果、同年五月一五日、孫は、本件物件が共有であることを認めたうえ、その原告持分を原告名義に移転登記手続する、孫の持分も原告に移転する、原告において本件物件に関連して金融機関から借入れた次の金員を原告が支払弁済する等の合意が原告・孫間で成立した。

京都信用金庫 二〇〇〇万円 昭和四六年七月三一日借入

信用組合京都商銀 二〇〇〇万円 昭和四七年二月 八日借入

朝銀信用組合西陣支店 二〇〇〇万円 昭和四六年九月三〇日借入

同 右 三〇〇万円

合計 六三〇〇万円

(4) 原告は孫の立直りを待ち、右合意の実施を控えていたが、孫は一向に反省の色なく、昭和四八年ころからは事実上別居の状態になったので、原告は約定どおり昭和四八年六月一二日及び同年一〇月一九日本件物件の移転登記手続を経由し、右借入金の支払をなした。

(5) しかるに、孫は昭和四九年三月二六日別表二<4>、<6>ないし<11>、<13>ないし<15>記載の各物件につき処分禁止の仮処分をなし(同月二七日登記)、同年五月八日右各物件につき所有権移転登記等抹消登記手続請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起したため(同月一四日予告登記)、原告は右訴訟において右(1)ないし(4)の各事実を主張するとともに、別個に孫を被告として不当利得金返還請求、損害賠償請求の各訴訟を提起して争ったが、昭和五三年二月一日原告・孫間で次のとおりの裁判上の和解が成立した。

(イ) 別表二<4>、<6>ないし<11>、<13>記載の各物件は孫名義をもって所有権取得登記を了しているが、登記簿上の孫の取得日に原告において取得したものであり、爾来現在まで所有していること、右各物件につきなされた原告を所有者とする移転登記の有効であることを両名は確認する。

(ロ) 別表二<14>、<15>記載の各物件は登記簿上の孫の取得日に孫において所有権を取得したものであり、爾来現在まで所有していることを両名は確認する。

(ハ) 原告は、右和解後直ちに、右<14>、<15>記載の各物件についてなされた原告名義の所有権移転登記につき、錯誤を原因とする抹消登記手続をなす。

(ニ) 原告は孫に対し解決金一〇〇〇万円を支払う。

(6) しかし、右和解における文言の意味があいまいであるので、昭和五三年三月一〇日ころ両名の訴訟代理人間で、別表二<1>ないし<3>、<5>記載の各物件が脱漏していたこと、本件物件は孫名義に第三者からの所有権取得登記のなされた年月日より原告・孫両名のそれぞれ持分二分の一の共有であり、和解による協議離婚の成立に際し持分を分割交換したものであること、原告から孫に対する解決金一〇〇〇万円の支払は、右分割交換により原告の得る交換差益相当額として、慰藉料相当額も考慮して支払うこととしたものであること、孫と原告との協議離婚は本来内縁関係の清算であること等をそれぞれ確認した。

(二)  右経緯によれば、原告は本件物件を売買により取得したものというべきである。すなわち、原告は本件物件につき各二分の一の持分を有していたところ、昭和四五年五月一五日孫との間で、原告において前記借入金の支払をなすことで原告が本件物件についての孫の持分を買受ける旨の合意が成立し、これによって原告は本件物件を取得したものである。

しからずとするも、原告及び孫の共有にかかる本件物件等を分割したことにより、原告は本件物件を取得したものである。換言すれば、原告及び孫は、別表二<1>ないし<13>記載の各物件に対する孫の持分二分の一(評価額二〇〇〇万円)と、同<14>、<15>記載の各物件及び本件課税対象外物件たる滋賀県高島郡安曇川町大字青柳字本庄二〇三二番八五雑種地二五〇平方メートル、同所同番八六雑種地四〇〇平方メートル(右二筆とも昭和四五年一月二六日取得、原告名義登記、以下「安曇川物件」という。)の各物件に対する原告の持分二分の一(評価額九二五万円)とを交換したものであり、その交換差益は一〇七五万円となるところ、和解に際し不当利得返還請求、損害賠償請求等を考慮し、両者の互譲により一〇〇〇万円を原告から孫に支払ったもので、その共有物分割の時期は昭和四五年五月一五日(前記合意成立日)、しからずとするも昭和四八年六月一二日(原告名義に所有権移転登記をなしたとき)である。

仮に右共有の主張が認められないとしても、原告は、孫との内縁関係の清算または離婚に伴う慰藉料及び財産分与として、本件物件を取得したものである。

4  よって、本件課税処分及び前記各賦課決定処分の取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 同2は争う。

3 同3の冒頭部分のうち、原告が本件物件を孫から贈与により取得したとして被告が本件課税処分をなしたことは認め、その余は争う。

同3の(一)の(1)のうち、本件物件が登記簿上孫名義で取得されたことは認め、本件物件等が原告と孫との共同経営にかかるパチンコ店の収益で購入され、実質上両名の共有物であるとの点は否認し(パチンコ店を経営していたのは孫である。)、その余は不知。

同3の(一)の(2)は争う。

同3の(一)の(3)のうち、昭和四五年五月一五日原告と孫との間で原告主張の如き合意が成立したとの点は否認し、その余は不知。

同3の(一)の(4)のうち、昭和四八年六月一二日及び同年一〇月一九日本件物件の移転登記が経由されたことは認め、その余は不知

同3の(一)の(5)は認める。

同3の(一)の(6)につき、両名の訴訟代理人間で原告主張の如き確認書と題する書面が取り交わされたことは認める。

同3の(二)は争う。

三 被告の主張

1 本件課税処分の経緯

(一)  昭和四九年三月一六日原告の夫である孫から津税務署長に対し、住所地を三重県久居市新町七六六と記載した昭和四八年分所得税の確定申告書及び譲渡所得計算書(以下「申告書等」という。)が提出され、右申告書等には、孫が昭和四八年中に本件物件のうち別表二<4>、<6>、<7>、<11>、<14>、<15>記載の各物件を計四八五〇万円で原告に売渡したことが記載されていた。

ところで、同税務署長が申告書等の記載内容について調査審理したところ、孫の調査審理時における住所は京都府向日市寺戸町殿長三一番地の一四であることが判明したので、同税務署長は右住所地を所轄する被告に申告書等を送付した。

(二)  被告は、申告書等に記載されている分離長期、短期譲渡所得の申告の適否について調査する必要があると認め、孫に出署方を依頼したところ、昭和四九年一〇月二二日右依頼に応じて来署した孫は、被告の係官高橋正義の質問に対し、申告書等に記載の不動産を原告に譲渡したことはないこと及び原告に贈与税がかかってもやむを得ないこと等を述べた。

(三)  そこで、被告はその調査の結果、前期(一)記載の物件についての孫から原告への譲渡行為は申告書等及び登記簿上売買の形式を採ってはいるものの、右両者間においては売買代金またはその他対価の授受が全く存せず、その真実は孫(夫)の原告(妻)に対する贈与であると認定し、孫に対し昭和五〇年一月一四日付で、前記(二)において述べた分離長期・短期譲渡所得金額をともに〇円とする減額更正処分を行なったうえ、原告に対し前記(一)記載の物件につき同月二〇日付で別表一の(一)記載のとおり昭和四八年分贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたところ、原告は右各処分を不服として昭和五〇年五月九日付で被告に対し異議の申立てをなした。

(四)  被告の係官溝口忍は、原告の異議の申立てについての調査を行なうに際し、同年六月ころ原告に対して出署方を依頼したところ、そのころ原告は弁護士波多野弘を帯同して来署し、別表二<4>、<6>ないし<15>記載の物件につき孫から原告に対して所有権移転登記等抹消登記手続請求の訴えが提起されており、これに対し原告は孫を相手どって慰藉料請求の訴えを京都地方裁判所に提起し応訴中である旨を申述した。

(五)  さらに、右係官は一か月位後に再び原告に対して右物件にかかる所有権の移動原因につき説明を求めたところ、原告は右物件を孫から所得したのは離婚に伴う財産分与によるものであると申立てた。しかしながら、右係官の調査によると、孫と原告との間には法律上の婚姻関係が継続中であり、原告の申立てには何ら根拠が存しなかった。そのうえ、前記各民事事件の訴訟記録及び向日市役所備付の固定資産税課税台帳等に基づき調査したところ、前記(三)記載の贈与税決定処分の対象となっている物件以外に別表二<1>ないし<3>、<5>、<8>ないし<10>、<13>記載の各物件についても、昭和四八年六月一二日孫から原告に対して売買を原因とする所有権移転登記手続が了されており、しかも右両者間においては、全く売買代金またはその他の対価の授受が行なわれていないことが判明した。

(六)  そこで、被告は、右(五)記載の物件についても孫から原告に対する贈与が行なわれたものと認定し、昭和五〇年五月九日付の異議申立てに対して同年一〇月二九日付でこれを棄却するとともに、同年一一月一二日付で原告に対し別表一の(三)記載のとおり、昭和四八年分贈与税の再更正処分(本件課税処分)及び無申告加算税の賦課決定処分をした。

2 本件課税処分の手続上の適法性

右に述べた経緯で明らかなとおり、本件課税処分は被告の十分な調査に基づき行なわれたもので、適法である。

3 本件課税処分の実体上の適法性

(一)  孫は本件物件を所有していたが、昭和四八年六月一二日別表二<1>ないし<13>記載の各物件を、同年一〇月一九日同<14>、<15>記載の各物件をそれぞれ原告に贈与した。

このことは、次に掲げる諸事実に照らし明らかである。

(1) 別表二<1>ないし<11>、<13>記載の各物件につき同年六月一二日、同<14>及び<15>記載の各物件につき同年一〇月一九日それぞれ売買を原因として孫から原告に所有権移転登記が経由された。

(2) 孫は本件物件の名義を原告に移転することに同意していた。

(3) 右所有権移転の原因は登記簿上売買と記載されているが、原告と孫との間には売買代金またはその他対価の授受が全く行なわれていない。

(4) 孫は、本件物件のうち別表二<7>ないし<15>記載の各物件を同人が経営するパチンコ店に使用し、その事業所得にかかる所得税の確定申告書を被告に提出していた。しかし、本件物件につき孫から原告に贈与が履行された日の属する昭和四八年分より、原告は自ら経営することになった右パチンコ店から生ずる事業所得にかかる所得税の確定申告書を被告に提出している。

(二)  売買の主張について

原告は、昭和四五年五月一五日孫がその持分権を譲渡し、原告が孫の借入金六三〇〇万円を支払うとの合意が成立したと主張するが、同日までに孫は未だ原告主張の金員を金融機関から借入れていないのであるから、同日このような合意が成立することは不可能である。

また、原告は、朝銀信用組合(現在京都朝鮮信用組合)西陣支店からの三〇〇万円の借入金について借入時期を明確にしていないが、別件訴訟において右借入金の借入日を昭和四九年一月一〇日と主張しているので、少なくとも同日以前に前記合意が成立することはない。

次に、原告は借入金の支払による売買により所有権を取得したと主張するが、原告は自らの資金をもって、借入金をいついくら支払ったかについて全く明らかにするところがなく、借入後間もなく利息あるいは少なくとも元金の一部が弁済されていることは容易に推測できるところ、原告は明らかに同人の特有財産と目される金員をもって弁済したのでない以上(原告がこのような特有財産を所有しているとは到底考えられない。)、パチンコ店の売上げから、換言すれば孫の財産から原告が孫のいわゆる使者として支払ったと解さざるを得ない。ところが孫の昭和四六年、四七年分確定申告書によれば、原告は孫の配偶者控除の適用を受けており、借入金を返済するに足りるだけの収入を有していたとは考えられない。

ちなみに、京都商銀からの借入金二〇〇〇万円のうち、五一五万円については、昭和五一年一〇月一五日孫の定期預金から支払われている。

また、朝銀信用組合からの借入金三〇〇万円については、登記簿上、本件物件との関連は全く認められないから、借入時期、借入目的、弁済時期、弁済方法など不明であって、他に右借入れの事実を裏付ける資料はない。

さらに、本件物件が孫の単独所有であることは後述のとおりであるが、原告は二分の一の持分を有すると主張するところ、仮にこれを前提とするならば、六〇〇〇万円(三〇〇万円の借入金は不明であるのでこれを除外する。)の借入金はいずれも事業用資金として借入れたものであるから(京都信用金庫からの借入金二〇〇〇万円は伏見信用金庫からの借入金二五〇〇万円の返済にあてられ、朝銀信用組合からの借入金二〇〇〇万円は福徳相互銀行からの借入金の返済にあてられ、したがってこれらから事業用資金であると推測できる。)、右借入金債務もまた孫との共有というべきであり、したがって三〇〇〇万円については原告自身の債務となる。

このような事実からすれば、到底六三〇〇万円をもって売買価額と解することはできない。

さらに、売買であるならば移転登記と代金の支払は同時履行の関係にあるのが通常であるところ、原告が借入金を弁済するか否か全く不明であるにもかかわらず、移転登記を了することは、取引社会の通念からして不合理である。

そして、孫は昭和四五年三月一日三重県久居市新町において遊技場兼居宅を新築したばかりで(この敷地の所有権はまだ取得していない。)、右遊技場が発展するかどうか不明の状況にあるので、孫が原告主張のような事実を根拠として当時孫の財産の大半を占める本件物件の所有名義を原告に移転することに同意するとは到底解し得ない。

以上のような事実に鑑みるとき、原告が本件物件を売買により取得したとの主張は全く根拠がないといわなければならない。

(三)  共有物の分割・交換の主張について

(1) 本件物件は、以下に述べるとおり、いずれも孫の単独所有であったものであり、共有財産であることを前提とした共有物分割の主張は失当である。

(イ) 原告及び孫はともに大韓民国の国籍を有する外国人であり、昭和四四年一〇月七日同国の戸籍法に基づき婚姻届をなし、法律上婚姻関係にあった。

法例一五条によると、「夫婦財産制は婚姻の当時における夫の本国法による。」て規定されているから、原告と孫との間における夫婦財産制に関する準拠法は、孫の本国法たる大韓民国法(以下「韓国民法」という。)である。

ところで、韓国民法八三〇条は、「夫婦の一方が婚姻前から有する固有財産及び婚姻中に自己の名議で取得した財産は、特有財産とする。」と規定し、同条二項は、「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、夫の特有財産と推定する。」と規定している。

そこで、本件物件の取得時における状況についてみると、本件物件の取得の際における登記簿上の名義はいずれも孫となっている、取得の際における取引契約の相手方との折衝はすべて同人がその任に当り、本件物件の取得資金についても同人が経営するパチンコ店から生ずる収益でもって支払った、孫は被告に提出した確定申告書に原告を所得税法二条一項三三号にいう控除対象配偶者と記載し、同法八三条一項に規定する配偶者控除の適用を受けており、原告には本件物件を取得するに足る資力を有していないなどの諸事実が窺われる。

韓国民法は、家族関係法の領域において、韓国古来の固有な醇風美俗・慣習・伝統などを固守しようとする前近代的性格が強いので、韓国民法の法定財産制に関する規定の解釈は、日本の旧民法におけると大略同様に解されるべきであり、特に潜在的持分の顕在化たる意味をもつ財産分与請求権が認められないことや、帰属不明のものは夫の単独所有としていること等と相まって考えるとき、妻が財産形成に一助をなしたとしても、これをもって共有と解することはできない。

(ロ) 仮に現行日本民法の解釈によったとしても、本件物件は共有ではない。

孫は昭和三四年ころ無一文の状態からパチンコ店の経営を始めたのであるから、本件物件の取得時である昭和三八年ころでは未だ十分な資金を有していなかったと考えられるところ、孫は本件物件の取得に際して金融機関から六五〇万円を借入れており、これが取得資金となったことが登記簿上窺えること、他に孫は単独で金融機関から事業用資金を借入れていること、孫は各地にある数店の各パチンコ店に支配人を置いて直接経営にあたらせ、孫が各地を回っていたこと、当初原告の母らから借入れた金員は既に返済していること、原告は四人の子供の出産、育児をしているのであるから家事に費やす時間労働が多かったと推測しうること等の事情からみるとき、現行日本民法に沿ったとしても実質的にも孫の単独所有と解するのが社会通念に合致する。

(ハ) 仮に、原告において財産形成に何らかの寄与をしていたとしても、同人はその寄与分以上の財産を取得している。

すなわち、原告はバー「ベベ」及ぴ帝王センター(取得費総額は約八〇〇〇万円である。)の土地建物の所有名議を原告としているところ、別件訴訟において帝王センターは原告の単独所有であると主張している(原告は、本件物件等孫名義の財産は共有であるが、原告名義の財産は同人の単独所有であり、孫名義の債務は孫の単独の債務であると主張するようであるが、これは余りにも原告にのみ都合の良い主張である。)。

とすれば、原告・孫の間においては、少なくとも取得時において各々の名義に移転登記する際にこれらを各名義人の単独所有とする合意があったというべきである。

したがって、孫名義の本件物件は孫の単独所有と解するのが相当である。

(2) 以下に述べるとおり交換の主張もまた失当である。

(イ) 交換の時期について原告は昭和四五年五月一五日または昭和四八年六月一二日と主張するが、原告が本件物件を取得したのは昭和四八年六月一二日及び同年一〇月一九日であり、他方孫が別表二<14>、<15>記載の各物件・安曇川物件並びに現金一〇〇〇万円を取得したのは、原告との間で和解が成立した昭和五三年二月一日以降である。

ところで、交換契約が成立するには、契約成立時点において交換物件が特定していることを要するところ、右に述べたとおり孫が取得した物件の特定は昭和五三年二月一日の和解条項に基づくものであり、原告のいう交換の日時においては、孫が交換によって取得すべき物件は確定していなかった。

したがって、昭和五三年二月一日以前において交換契約が成立する筈がない。

(ロ) また交換の価額について、原告は、右和解により原告が取得した物件の評価は相続税の評価額を参考としているものであるから、孫が取得した安曇川物件についてもこれと同様に相続税の評価額によって算定すべきである。

ところが、原告は、交換であると主張するために、安曇川物件を何ら根拠もなく不当に高い価額で評価しており、交換の価額の辻褸を合わせたものにすぎない。

(四)  内縁関係の解消に伴う財産分与及び慰藉料の主張について

原告と孫は昭和三四年ころから内縁関係にあり、その間には四人の子供があるところ、婚姻の届出は、原告自らが婚姻届に必要な書類を京都所在の在日大韓民国居留民団に持参し、右民団を通じて婚姻届がなされたものである。

したがって、婚姻関係は有効であって、内縁関係の解消に伴う財産分与及び慰藉料として本件物件を取得したとの主張は失当である。

仮に内縁関係にあったとしても、韓国民法のもとにおいては、内縁関係の清算に伴う財産分与請求権は認められていない。

(五)  離婚に伴う財産分与及び慰藉料の主張について

原告らは、別件訴訟の昭和五三年二月一日の和解期日において正式に協議離婚する合意をし、原告は離婚届に署名し、同年五月一〇日孫において届出をした。

したがって、原告が本件物件を取得した昭和四八年中には未だ離婚していないので、離婚に伴う財産分与及び慰藉料として本件物件を取得したとの主張は失当である。

また、韓国民法は夫婦別産制を採り入れながら、婚姻生活の費用を夫の負担とし(同法八三三条)、これに付随して夫婦いずれの財産であるか不明なものは夫の財産であると推定している(同法八三〇条二項)ので、妻が離婚した場合の夫に対する財産分与請求権は認められていない。

したがって、いずれにしても原告の主張は理由がない。

4 本件贈与税の課税価額は三六〇八万七四六七円であり、その算定基礎(固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて計算した金額)は別表二のとおりである。

四 被告の主張に対する認否

1 被告の主張2は争う。

2 同3の(一)の冒頭部分は否認する。原告と孫との間に、本件物件を贈与する意思も、受贈する意思も全くない。

同3の(一)の(1)は認め、(3)は否認する。

同3の(二)ないし(五)はいずれも争う。

3 同4につき、本件贈与税算出過程は争わない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第二〇号証

2  原告本人

3  乙第一六号証、第一八ないし第二一号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一ないし第二八号証、第二九号証の一ないし三、第三〇ないし第三七号証

2  証人孫商九

3  甲第二及び第三号証の成立は不知、その余の甲各証の成立は認める。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告主張の贈与の存否について検討する。

成立に争いのない甲第四ないし第一七号証、第一九号証、第二〇号証、乙第一号証、第三〇ないし第三三号証、証人孫商九の証言並びに原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、孫商九と原告はともに大韓民国の国籍を有する外国人であるが、昭和三四年ころ両者殆んど無資産の状態で内縁生活に入り、その後和歌山県串本市でのパチンコ店「楽園」の経営を皮切りに、広島県比婆郡東城町でパチンコ店「東城センター」、岐阜県不破郡関ケ原町でパチンコ店、京都府向日市でパチンコ店「オメガ」、八幡市でパチンコ店「オメガ」、京都市で映画館・喫茶店「帝王センター」、三重県久居市でパチンコ店「リンカーン」等を経営し、事業の進展、拡大に伴い、本件物件等の不動産を取得し、本件物件(但し、別表二<12>記載の物件を除く。)及び久居市の物件については別表三のとおり夫である孫名義で、安曇川物件については原告名義で各所有権取得の登記を経由していたこと、昭和四八年五月当時、孫経営にかかるパチンコ店は向日市及び八幡市における両「オメガ」、久居市における「リンカーン」であったが、孫は右のうち両「オメガ」の管理を原告に委ねたまま、久居市に居住して「リンカーン」の経営に専念しており、外国人登録上の居住地を久居市とし、印鑑登録についても同市に届出ていたこと、当時原告は向日市に居住し孫とは別居状態にあったが、子供の入籍のため孫の外国人登録証明書が必要と称して孫からこれを受取り、同年六月初めころ孫の外国人登録上の居住地を向日市に変更したうえ、保管中の孫の印鑑を用いて新たに向日市で印鑑届をなし、交付を受けた孫の印鑑証明書をもって司法書士に本件物件の原告への所有権移転登記手続を委任し、別表三のとおり原告へ移転登記手続を経由したこと、孫は右向日市における印鑑登録、右移転登記手続について全く関与しておらず、原告から右居住地の変更を告げられるや同年七月二二日直ちにもとの久居市に居住地を戻したこと、昭和四九年三月初めころ、孫が昭和四八年分所得税申告のため在日朝鮮人納税組合に赴いた際、同所職員から原告が本件物件を買受けたと申告に来ていた旨聞かされ、初めて原告への名義書換を知り、同月二六日京都地方裁判所から処分禁止の仮処分を得るとともに、同年五月八日原告に対し右所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起したことが認められ、原告本人の供述中孫から原告への所有権移転登記手続は原告・孫間の合意によるものとの趣旨の供述部分は、右認定の所有権移転登記手続の状況、孫が右登記の存在を知ってから直ちに仮処分がなされていること、前掲甲第一九号証、証人孫商九の証言に照らしにわかに措信し難い、また、別表二<4>、<6>、<7>、<11>、<14>、<15>記載の物件を昭和四八年度中に孫が原告に譲渡した旨の孫名義の昭和四八年分の所得税の確定申告書(乙第二〇号証)が存在するが、当時孫が右確定申告書の内容を了知していたことを認めるに足る証拠がないから、右乙第二〇号証をもって、右認定を覆すことはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、原告は、孫に無断で、同人の所有名義の本件物件(但し、別表二<12>記載の物件を除く。)を原告に移転登記したものというべきであり、また、このことは、孫名義の物件中、久居市の物件を除くすべてを原告名義とすることについて孫が同意するものとは到底考えられないことからも首肯されうるところである。

被告は、贈与があったとする根拠の一つとして、原告が昭和四八年分よりパチンコ店経営による所得税を申告している点を挙げるが、原告が本件物件の譲渡を受けたとする以上、右のとおり所得税申告をすることは必然の結果ともいえ、孫がこれについて了承していたとする証拠もないから、これをもって贈与があったとする根拠となりうるものではない。

そうすると、本件係争年において原告が贈与により本件物件を取得したとの被告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。したがって、本件課税処分は課税要件事実の認定を誤った違法があるというべきであり、本件課税処分及びこれを前提とする前記各賦課決定処分はいずれも取消しを免れない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 東畑良雄 裁判官 森高重久)

別表一(課税経過表)

<省略>

別表二 (物件明細及び相続税評価額)

<省略>

別表三 (物権変動経過表)

<省略>

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